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「虹の彼方に」

 この小説を書くキッカケになったのは、太宰治の文献を調べていて偶然目にとまった一枚の写真である。
 着物姿で横向き加減に微笑む若い女性の写真には、見るものを吸い付けて離さない「華」があった。それが、太宰治と心中して17歳11ヶ月で亡くなった田部あつみの写真である。本の見開きにも入れたその写真を見ると、本当にこんな綺麗な人がいたのかと思ってしまうほどだ。
 10代で美しいまま亡くなった田部あつみには、語られるべき生涯があったはず。誰にもみとられずに死んでいってよいはずがない。私はなんとかして彼女を蘇らせたかった。これは、そんな気持ちで書き始めた小説である。
 昭和5年、田部あつみは恋人の高面順三とともに広島から上京。しかし、二人を待っていたのは大量失業時代の就職難。やがて、生活苦からあつみは銀座の女給として働くようになり、そこで一人の男性と知り合う。
 セピア色に染まる昭和の時代を背景に、若い男女の夢と挫折を、元恋人の回想シーンで綴った恋愛小説。
 同時に、太宰治の七里ヶ浜心中の真相にも迫る。





「燃え上がる炎とともに」

 作家の吉田和子氏によると、人間の死に劇的なものから順位をつけるなら、「第一が心中、第二、自殺、第三、事故死、第四が病死だろう」という。心中にも一家心中などさまざまの形態があるが、ここでいう心中は男女を念頭に置いている。
 そのなかにも理想像というものがあって、「若いこと、美しいこと、愛し合っていること」。さらに理由にも注文があって、「経済的理由は駄目。病苦も駄目。親の反対、家の事情」だという。
 悲劇的運命のヒロイン、清朝末裔の愛新覚羅慧生(あいしんかくらえいせい=小説ではエコとした)と、学習院大学の同級生大久保武道がともに亡くなった昭和32年の天城山心中。
 二人が純粋に愛し合っていたことは残された往復書簡を見れば確実であり、しかもそれを貫くことの難しさが二人を死に駆り立てたことは想像に難くない。燃え上がる炎のような愛を「永久保存」するために、二人は心中を選ぶ。すなわち、作家の吉田和子氏のいう理想の条件をすべて満たした心中といえよう。
 全体を流れる静謐なイメージといい、激動の昭和と分かちがたく結びついたストーリーといい、まさに、曽根崎心中と並ぶ日本心中史を代表するドラマチックな事件というべきであろう。

「燃え上がる炎とともに」は、2007年7月25日「日本図書館協会選定図書」に選ばれました。


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